◇第10回漢方治療研究会特別講演

 

 紫雲膏について

                  横浜市・平安堂薬局 清 水 良 夫

 

 清水でございます。ご出席の先生方には(注)清水藤太郎の孫といったほうが聞こえがいいのかもしれませんけれども、藤太郎も長いこと東亜医学協会にお世話になりまして、ありがとうございました。また、東亜医学協会を設立された大塚敬節・矢数道明両先生のご子息であられる大塚恭男・矢数圭堂両先生も本日はおいででございまして、大変長いおつき合いをさせていただきまして、本当に感謝しております。

 今日は紫雲膏ということで演題をちょうだいいたしました。皆様方にお話できるような内容があるかどうかは自信がありませんが、いずれにしろ平安堂では長く紫雲膏を実際につくっていることは間違いございません。平安堂の紫雲膏というのは、創方者といわれる華岡青洲がつくった紫雲膏、あるいはいま日本薬局方に載っているような紫雲膏とちょっと違うものをつくっているのが現状でございます。

 違うというのは、原料生薬の違いももちろんですが、つくり方自体も多少違うところがございます。そういう相違がお話できたらなと思っております。

 まず最初に、私が紫雲膏という軟膏に最初に出会ったのは、当時、今田屋章先生、あるいは寺澤捷年先生などがおられた、東医研という千葉大の漢方研究会でした。私どもの東邦大学薬学部の漢方研究会というのはわりと紫雲膏を研究していたので、その時に千葉大東医研の漢方研究会とお知り合いになれたというのも一つのご縁かなと思っております。

 私たちは紫雲膏中の紫根の検量線、検量線というのは抽出具合を調べるのですが、どのぐらいの温度のものが一番よく紫根のアセチルシコニンの量が出てくるかということを研究していました。

 私自身も、最終論文といったらおかしいのですが、薬学部の特別研究のときに紫雲膏のいわゆる抗菌作用という内容をまとめました。ただ、紫雲膏自体の抗菌作用というのはあまり高くはありません。ゴマ油自体が持っている抗菌作用と紫根自体が持っている抗菌作用は、比較対照したマーキュロクロムの二千倍ぐらい、それよりも弱かったなと記憶しております。

 

  華岡青洲創方の紫雲膏

 

 この紫雲膏という処方は、皆様よくご承知のように、華岡青洲という方がおつくりになった処方でございます。華岡青洲先生がどうしてこの紫雲膏という処方をつくり上げていったかという過程も一つ興味のあるところで、もう亡くなられましたが、医史学で有名な石原明先生という方が横浜市大におられました。大塚恭男先生とは大変仲がよかったというふうにお伺いしております。

 その石原先生がお書きになった本の中に、華岡青洲の部分が幾つかございます。

 その中で興味あるところを拝見しますと、青洲は、現在の和歌山県の名手町というところで、お父様の代から、オランダ流の医学というか、いわゆる外科療法をよくされた家にお生まれになったということです。その中で青洲先生自身が、一番有名なのは「華岡青洲の妻」というような形で出てくる、いわゆる曼陀羅華、朝鮮朝顔の種子を使った麻酔薬で、世界で一番最初に麻酔薬を実際に人間に試したという話です。不幸にして奥様は失明したというエピソードがあるものでございます。

 欧米ではエーテルとか、あるいはクロロホルムを用いた麻酔薬はそれよりかなり後になってから全身麻酔として使われたということです。

 ところで紫雲膏のほかに青洲先生がつくられた新処方が幾つかございます。たとえば十味敗毒湯という処方も華岡青洲の創作といわれております。十味敗毒湯は実は荊防敗毒散という、本来持っていた薬方に青洲が薬味を加味したという形でつくられた処方であり、アトピーとか皮膚疾患などに非常によく使われます。また赤石脂湯という処方も青洲の創方ですが、実は補中益気湯に赤石脂を加えたものです。さらに帰耆建中湯だとか、幾つかの処方も青洲の創方だといわれております。

 以上、申し上げた創方の中で、外用薬というのが紫雲膏でして、そのほかに冰硼散というトローチ剤のようなものも青洲がつくったと伝えられております。

 では実際に華岡青洲のつくった紫雲膏という外用薬をよく検討してみましょう。

 明の時代に陳実功という人が書いた『外科正宗』という本がありますが、そこに潤肌膏という処方が載っています。潤肌膏は紫根、当帰、ゴマ油、オウロウ(黄蝋)という四味から構成された軟膏です。その潤肌膏に豚脂を加えてつくったのが実は紫雲膏です。

 この紫雲膏の応用ですが、例えば紫雲膏に伯州散を加えたり、あるいは紫雲膏にコイのうろこを黒焼きにしたものを加えて、それで乳癌のときに使ったり、あるいは切開した後に紫雲膏を塗ったのではないかといわれております。

 この紫雲膏という処方は、各メーカーさん、たくさんつくっています。それぞれ自分のところで作った製品が処方が一番いいと自慢されますが、私共の平安堂も平安堂の処方が一番いいと思ってつくっているわけです。そして、それぞれのメーカーさんによって相違点がございます。その相違点の一つは生薬の違いです。もう一つは内容、分量が多少違うという点です。それから、つくり方に多少違う部分があります。最終的には書かれている書物の薬効の部分も違うということがございます。まず各生薬の違いを最初お話させていただきたいと思います。

 生薬は、ウチダ和漢薬さんのご協力により展示場のほうに軟紫根と硬紫根と両方を展示してございます。当帰は大深の当帰と大和産の当帰を展示させていただいております。大和産の当帰は実際には種を新潟のほうでウチダさんは栽培しているようで、それの展示もあります。それからさらし蜜蝋、蜜蝋のさらしたものですが、それもありますし、あと豚脂も展示されています。ゴマ油も一番いいものを持ってこられたとのことで、あとでにおいなどもかいでみていただきたいと思います。

 

  軟紫根と硬紫根

 

 紫根は、一応ムラサキの根っこですが、紫草とか紫染とかそういう別名で呼ばれているもので、『神農本草経』の中の中品に紫草として収載されているものです。昔は日本各地で、野生品がたくさんあり、奥州南部紫とか、染料に使ったころの名残的な名称が残っているものも幾つかあります。原植物は日本の中西部あるいは中国、あるいはモングル地方などに広く分布している多年草で、可憐な白い花を咲かせるものでございます。

 そのムラサキの根を硬紫根あるいは東北紫根というふうに呼んでいます。先日、岐阜の内藤くすり記念館に行ってまいりました。そこに生薬学の大家であられた木村雄四郎先生が寄託された薬用植物が幾つかあり、その中に三種類ほどの紫根が産地によって分けられており、大変貴重な資料だと思いました。いま日本のムラサキはほとんど見かけなくなりましたので、もし機会がございましたら内藤記念館に行かれるとよろしいのではないかと思います。

 ムラサキには東北紫根または硬紫根、それと軟紫根というのがございます。軟紫根は、西北紫草とか違う呼び名があります。ムラサキの科自体は同じなのですが、植物が違うわけです。

 昔は、多分硬紫根を使ったのではないかなと思います。ただこの硬紫根は実際に市場品としてあまりいいものが出ていないのです。アセチルシコニンの含量なども軟紫根に比べると二分の一、三分の一ぐらいの含量しか入っておりませんので、紫雲膏の話を聞いて、おもしろそうだからつくってみようかなという先生がいらっしゃいましたら、軟紫根をお使いになったほうが色鮮やかなアセルチルシコニンの含量が出るのではないかと思っています。

 このシコニン自体に薬効としては非常におもしろいものがありまして、ラットやウサギの実験によりますと、傷の面の治癒を促進したり、あるいは経口投与などでも抗炎症作用が見られますし、局所の塗布では毛細血管の透過性の亢進とか、急性浮腫の抑制、あるいは肉芽の増殖などの作用を持っております。いまの西洋医学といったらおかしいのですが、普通、皮膚科のドクターが使うアズレン軟膏などはカミツレの製剤で、カミツレの製剤よりも紫雲膏あたりを積極的に使われたほうが、いいのではないかと思っております。紫根自体には殺菌効果もございますし、適用症としては消炎、解熱、解毒の方剤として使いますし、肉芽の発生を促すという意味からは、火傷のときとか、あるいは凍傷、あるいは湿疹、水疱などのときに下からの皮膚の盛り上がりを助けるような薬効を紫根自体が非常に持っております。

 

  当帰は大深産の大和当帰が良い

 

 また紫雲膏に重要な当帰ですが、この当帰もピンキリといったらおかしいのですが、いいものから、あるいはどうしようもなく悪いものまで格差が大いにあります。いま日本の市場に出回っている大深産の種を使っている当帰ならば、含量成分は非常にいいものが入っていますから、よろしいのではないかなと思います。中国産あるいは朝鮮産当帰とか、そういうものも市場品としては七、八種類出ているのではないかと思いますが、そういう中でも大深産の当帰をお使いいただければまず安心です。

 あと、種が違う北海当帰というのもありますが、どちらかというと北海当帰のほうは外観が少し黒めで、暗褐色という感じです。ただ若干違うところはあるものの内部構造は非常に類似していまして、品質としては北海当帰も決して劣らないものがあります。

 当帰は『神農本草経』の中品の中に収載されているわけですが、局所作用で抗ヒスタミン作用的なものも見つかっておりますし、軽度の毛細血管の透過性の亢進抑制作用もわかっております。ラットとかウサギを使った局所の作用では、抗浮腫というか、腫れを抑えるような作用を持っておりますので、紫雲膏の役目というか、紫雲膏の本来の目的で使っている部分には非常に合致する薬効を持っていると考えております。

 当帰自体は、当帰芍薬散とか非常に幅広い処方の中に使われており、内容薬としてもすばらしいものです。冷え症とか血行不良、血行障害などに使っていく経口投薬としての目的もありますし、そういう意味では補強とか滋養強壮、鎮痛、そういう作用を主に持っている大切な生薬です。

 

  ゴマ油は食用が良い

 

 さて、紫雲膏の中のゴマ油ですけれども、当時のものは、当時のゴマ油の製法からいうと、温圧法で搾ったものだと考えられます。そうすると、どちらかというと香りの強い、色も濃いものだったと思われます。現在のゴマ油というのは製法が非常によくなっていて、局方のゴマ油なども精製度が高いのです。そうすると、においとか、色はどちらかというと薄目です。したがって本来の紫雲膏の薬効で使うゴマ油ならば、におい、あるいは色の強いものをお使いいただいたほうがいいのではないかなと思います。つまり、そこら辺のてんぷら屋さんが使っているような食用の油をお使いいただいたほうが、いい紫雲膏ができるのではないかなと考えています。

 ゴマ油自身は、胡麻という漢字が使われているように、柴胡とか、「胡」という字がついている生薬はわりと、胡の地方、つまりペルシャのほうから伝来したといわれ、インドとかアフリカが原産のようでございますけれども、日本には漢以降、中国から伝わったということのようです。種類は白ゴマ、黒ゴマ、金ゴマ、油ゴマと、色によって違いがあるようですけれども、ごく一般的な黒ゴマを温圧法で圧縮した食用油の部分でお使いいただくのがいいのではないかと考えます。

 油自体は、香油というような名前もゴマ油の別名としてついています。ですから、そういう意味では香りの強いものだったというふうに考えるほうがごく自然かなと思います。天然に含まれるものとして、抗酸化物質が結構入っており、食用のゴマ油のほうにはむしろたくさん入っています。安定性をよくするために、局方品というのはそういうものをちょっと無色に近くしている部分があって、抗酸化物質が局方品の中から抜けているというのもわかっております。では局方品は何をやっているのだということになるかもしれませんけれども、局方品というのはどちらかというと、純度規格をした日本薬局方の製剤ですから、そういうものはどちらかといえば、軟膏基剤なり何なり、ほかに幅広く使う部分があり、何も紫雲膏だけに使うということが目的ではございませんので、やむを得ないかなと思います。

 いま抗酸化物質というのは非常に注目される物質で、フラボノイドとかそういうものも、これからの健康志向の中で、いってみれば赤ワインの中に含まれるポリフェノールのような抗酸化物質がもともとゴマ油の中には含まれていたということでございます。

 

  今のミツロウは西洋蜜蜂がつくったもの

 

 もう一つがミツロウ(蜜蝋)です。ミツロウは当時、華岡青洲が使った、あるいは『外科正宗』の明の時代に使っていたミツロウというのは、多分いま手に入らないと思います。なぜかと申しますと、ミツロウというのは、養蜂家がつくっている蜜蜂の巣箱なわけですけれども、いまの蜜蜂はほとんどが西洋蜜蜂といわれる蜜蜂なのです。昔、戦前は東洋蜜蜂といって、蜜蜂の種類が違う蜜蜂が集めた蝋を使っていましたから、ある意味では蝋の違いというのが最初からございます。

 ミツロウの光沢というか、色というのは、東洋ミツロウといわれる東洋蜜蜂が集めたものは、わりと淡白といったらおかしいのですが、色が薄いのです。本日ウチダ和漢薬さんが展示しておられるのはさらしミツロウですが、さらしミツロウとして出ている黄色よりもちょっと濃くしたぐらいが東洋蜜蜂がつくった色です。ところが、いまのものは西洋蜜蜂がつくっていますから、そういう蜜蜂がつくった蝋は黄色味が強く、褐色に近いようなものです。実際に私どもが使っているのは、そういうオウロウといわれる、さらしていない褐色の強いものを使っています。このような製剤の違いがあります。

 内容的には大した違いではなかろうかなと思っているのですが、東洋ミツロウのほうはグリセライドという物質が四%ほど入っているのですが、西洋ミツロウのほうにはそれが入っていない。そういう入っていない成分の違いが、どのくらい製剤になって違うのかというのはよくわかりません。オウロウ自体の目的は軟膏基剤、つまり固めるために使っている部分もありますので、そういう意味ではそんなに変わりはないのではないかなと思っています。

 展示されていたさらしミツロウ、これはミツロウ自体をさらしただけであって、黄色部分が多少薄くなっているというふうにご理解いただければよろしいと思います。

 それともう一点が豚脂ですけれども、豚脂は現在、局方品の日本薬局方に入っているような豚脂は入手できません。ほとんどが食用という形でしか手に入りませんけれども、それはそれで過去の局方に照らし合わせて、基準に合っているものを使っていただければよろしいのではないかなと思っています。

 このように紫雲膏は生薬の違いが一つありますし、もう一つが生薬の構成と薬用量がそれぞれ違います。青洲のいわゆる処方というのは、華岡青洲自身は書籍は残していませんので、すべて弟子が口述筆記としてまとめたものといわれています。

 

  青洲の紫雲膏と『外科正宗』の潤肌膏

 

 紫雲膏は『春林軒膏方便覧』の最後の章に収載されていますが、そこには、香油四十銭、当帰五銭、紫根六銭、黄蝋六銭、豚脂が一銭という形で記載されております。『外科正宗』の潤肌膏のほうにはゴマ油が四両、当帰が五銭、紫草が一銭、黄蝋五銭と記載され、豚脂は入っておりません。日本薬局方の薬局製剤の紫雲膏は、ゴマ油が一〇〇〇g、当帰が六〇g、紫根が一二〇g、ミツロウが三四〇g、豚脂二〇gという成分、分量になっております。それぞれ分量品ぐらいは同じなのかなと思われるかもしれませんが、全然違います。

 まず当帰ですが、華岡青洲の処方ですと当帰と紫根の違いが五銭と六銭ですから、そんなに違いはないのですが、『外科正宗』の中では当帰が五銭、紫草一銭というふうになっており、五倍も違います。日本薬局方のほうは当帰が六〇gで紫根が一二〇gですから、どちらかというと当帰と紫根の量が逆転していて、なおかつ当帰の量が倍もあるということです。

 製法のほうですけれども、これも幾つか違う部分が結構あります。青洲先生の弟子がまとめられた写本の『春林軒膏方便覧』のほうには香油にて当帰を煎じて、枯れて浮き上がってきたら豚脂と蜜蝋を入れて、火を落として紫根を入れ、泡が大いに沸き上がったら火からおろして布で漉しなさい、と書いてあります。

 『外科正宗』のほうは、ゴマ油と当帰、紫草をみんな一緒に煮てしまいなさい。最初に煮てしまって、薬が枯れて浮いてきたら、それを取って一回油を漉してから、オウロウ五銭を溶かし込んで、茶碗に傾けて冷ましなさいということになっています。

 日本薬局方のほうは、ゴマ油を煮てミツロウおよびオウロウを入れて溶かして、次いで当帰を入れる。当帰の色が焦げるのを持って、火力を増して紫根を入れて二、三回沸騰させてから、鮮明な赤色になったら速やかに火からおろして、布で漉して軟膏としなさいというふうに書かれています。

 そういう意味では、当帰とか、あるいはオウロウを入れる順番が多少違っているのがわかると思います。

 あと効能・効果ですが、華岡青洲のほうは伝本では「治禿瘡乾枯白斑為痒毛髪脱落手足破裂皸等之証」とあり、禿瘡を治す。禿瘡というのは白癬とかシラクモとか、いわゆる感染症の部分ですけれども、そういうものを治しますと。皮膚が乾燥して、白斑というか、皮膚が白く脱色しているようなときとか、あるいは毛が抜けるとか、脱落するとか、あるいは手足に亀裂が生じている、あるいは少し亀裂が深いような、そのような場合でかゆみも伴うような場合に紫雲膏を使いなさいというふうに書かれております。

 『外科正宗』のほうは「治禿瘡乾枯白斑作痒髪脱」とあり、やはり禿瘡・白禿瘡門、いわゆる感染症の部分、白癬とかシラクモ、感染症のときに使いなさいというふうに記載されており、同じように皮膚が乾燥して白斑をなすような、あるいは毛が抜けるようなときに使いなさいというような記載があります。

 日本薬局方の記載ですと、ひび、あかぎれ、しもやけ、魚の目、あせも、ただれ、火傷、外傷、痔の疼痛、肛門裂傷、かぶれというような適用が書かれております。

 以上が紫雲膏のそれぞれの違いをざっとお話しさせていただきました。

 次にスライドでご説明しますが、これは青洲の『春林軒膏方便覧』の中に書かれているもので、二行目に紫雲、一名潤肌膏と書かれています(写真1)。そして「かぶれ或いは癒しに用ゆ」というふうに書いてありますけれども、別の伝本では、効能というところ、これは多分紫雲膏の豚脂を入れた部分を特に強調している部分だと思うのですが、豚脂が肌を潤すというふうに理解されているようでして、「肌を潤し、肉を平らにする云々」ということで、ここにも一番左のところに香油四十銭と書いてあります(写真2)。したがって香油と書かれるぐらい、ゴマ油はにおいの強いもののほうが本来の紫雲膏に適した基剤というふうに理解されてよろしいのではないかと思います。当帰が五銭で、紫根が四銭五分、または十銭、紫根に関しては少し多めにも用いるというように書かれています。

 華岡青洲先生自身は、潤肌膏と紫雲膏を全く同一視していたようですが、潤肌膏という処方は、先ほどもお話したように『外科正宗』の中で書かれていて、それ自体は豚油が抜けております(写真3、4)。

 

  紫雲膏の作り方 

 

 実はこちらのお話をさせていただくときに、「清水さん、実演するんだよ」というお話だったのです。「実演するんだったら、四十分や一時間はすぐ使ってしまいますね」といって、実演するつもりで用意していたら、会場の規則、消防法だそうですが、火を使う煮もの、炊きものはできませんということで、「実演はなしです」といわれて急遽、九月二十二日に私がつくりました。

 紫雲膏は簡単にできるのです。こういう秤とお鍋を用意していただきます。ここに記載させていただいた紫雲膏の処方がありますが(表1)、この表の中の左側の紫根一二〇g、当帰六〇g、ゴマ油1、000g、ミツロウ三四〇g、豚脂二〇gという記載は、日本薬局方に記載されている分量です。

 その右側にあるのが、私共の分量比で、全体で紫雲膏を五〇〇gぐらいつくろうということで量った量で、紫根四八g、当帰二四g、ゴマ油が四〇〇g、ミツロウが一三六g、豚脂が八g入っている処方をこれからつくっているところをスライドでお見せしたいと思います。

 ゴマ油は四〇〇g量っています。秤が四〇〇g以上いっているのではないかと見られる、目のいい方もいらっしゃるかと思うのですが、風袋も入っていますので、これは四〇〇g以上になるわけです。

 そしてゴマ油は重合させることが大切です。この重合の度合いが弱いと紫根の色が抜けてしまうのです。ですから、重合はしっかりやってみてください。重合するときは一時間ぐらい煮ていただくことが必要なのですが、ゴマ油は二三〇度以上温度を上げてしまうと煙が出てきて、近所迷惑になりますので、重合させるときの温度は大体ゴマ油、一時間百八〇度ぐらいで継続してやっていただくと、きれいな重合度合いのものができ上がります。

 器の中央部分のところに、ぽちんとなっているのがごらんいただけますでしょうか(写真5)。ああいうふうに浮くには浮くのですが、拡散しないのです。普通、油ですから、水に入れるとぱーっと散るのですが、それ自体が、ぽんと一滴落としたときにきちんと玉になっているというのが紫雲膏をつくるときの大きなポイントです。このポイントを逃してつくってしまうと、紫根自体の色が褪色したり、あとでクレームがついたりというようなことになると思いますので、これはぜひつくる上ではポイントとして守ってみてください。

 これは拡散してしまっている状態です(写真6)。こんなふうに、油が水の上にありますけれども、ばーっと散っています。こういう状態のものは使ってもだめです。こういう器の上にぽんと一滴垂らしてみて散らない。凝集しているという状態の油を紫雲膏の原料の基剤として使ってみてください。

 当帰は大深産の大和当帰を使っています。これは当帰を入れているところです(写真7)。

 当帰を入れる温度は、ここも大事な部分ですが、百八〇度ぐらいで重合させたら、ちょっと温度を落としてほしいのです。温度を落とすといっても、百二〇度ぐらいまで落とすと、その段階で一応日本薬局方のつくり方ですと、オウロウ、豚脂を入れろということになっていますから、オウロウ、豚脂を入れていただく。オウロウ、豚脂は六〇度ぐらいで速やかに溶けますので、あまり温度を高くしないで入れてほしいと思いますけれども、当帰を入れるときの温度は百二〇度ぐらいで、少しずつ入れてください。

 生薬を入れると泡がふいて、このときに当帰は、確かに大した量ではないのですが、当帰の二四gをぽんと一遍に入れてしまうと吹きこぼれる原因になります。ここに温度計が刺さっているのが見えるかもしれませんが(写真8)、温度計で確認しながら当帰を少しずつ入れていただくという形を取ってください。

 こうやって当帰が十分もしないうちに焦げて浮き上がってきますから、浮き上がった段階で当帰を捨てるような形になります。茶漉しみたいなもので取るのですが、家庭にあるものでぜひ使ってみてください。

 次に紫根を入れたときのものです。当帰は一二〇度ぐらいで入れてよろしいのですが、紫根はアセチルシコニンの融点が一四二度というのがわかっています。ですから、一四二度に限りなく近い温度で抽出していただくとよろしいと思います。紫根は当帰よりもはるかに泡立ちますから、少しずつ少しずつという形で入れていただければよろしいと思います。

 これが実際に紫根を鍋から取っているところです(写真9)。こんなふうな家庭にある茶漉しみたいなもので十分できますので、おやりいただければよろしいと思います。

 鍋から容器のほうに移します(写真10)。今日はこの容器ごと持ってきましたけれども、九月二十二日にできたほやほやのものを展示場のほうに展示してあります。ただ、これは実際にこうやってガーゼでガラス棒を伝わせて中に入れて漉しています。こういうガーゼで漉すだけで十分軟膏としていいものができ上がりますので、やってみていただければよろしいと思います。これは温度が一四〇度ぐらいで紫根を抽出しますので、一四〇度から少し落として、八〇度ぐらいまで落とした段階でこうやってガーゼで漉し取っていただければ、きれいな紫雲膏ができますので、ぜひ試みてください。

 これは別の紫雲膏ですが、これは硬紫根を使った紫雲膏なので、ちょっと色がくすんでいます。ただ、こういう軟膏は、今回、ガーゼで漉し取ったままのものでお持ちいたしましたけれども、こういう軟膏を練る機械があります。メーカーさんはもちろん持っているのですが、薬局で製造するときも、軟膏べらで軟膏はよく練ってやることが必要です。

 紫雲膏は、でき上がったものをそのまま固まらせると、どちらかというと塗ったときにぼそぼそぼそという感じです。むしろ一回それを固まった段階で軟膏板あるいはガラス板の上で軟膏をよく練ってみてください。そうすると、非常に光沢のある紫雲膏になります。紫雲膏をつくるポイントの大きな部分に、よく練るということも大事なポイントになっています。

 先ほどお話ししたポイントの中で、ゴマ油をよく重合させること、当帰を入れる温度と、たくさん一遍に入れないこと、紫根を入れるときの温度関係、当帰と同じように一遍にたくさん入れないこと、最終的にはよく練ることということが大事ですので、それでおつくりいただければ、いいものができるのではないかと思います。

 紫雲膏を練り終わったところです。こうやって光沢が出てきます。ただ単に紫雲膏を漉して終わると、表面は光沢があるのですが、中側はちっとも光沢のないものになってしまいます。ところが、一回練り込んでやると、非常に光沢のある、いい製剤ができ上がるというふうに理解しておりますので、よろしいのではないかなと思います。

 以上でございます。雑駁な話で、大変申しわけなかったと思いますけれども、私のほうのお話を終わらせていただきます。ありがとうございました。

 

【薬剤師・(株)平安堂代表取締役社長

      〒231−0012 横浜市中区相生町5―78】

 

(注) 清水藤太郎:「日本薬学史」にて薬学博士取得。東邦大学教授・名誉教授。大塚敬節、矢数道明氏ら昭和前期の漢方普及啓蒙活動の中心人物になった、いわゆる七人の侍の一人。著書に『漢方薬物学』『漢方治療の実際』(共著)など多数。昭和五十一年三月逝去、享年八十九。

 

表 1

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 紫雲膏 │ 薬局方  平安堂

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 シコン │   120 g  48 g

 トウキ │    60 g  24 g

 ゴマ油 │ 1.000 g  400 g

 ミツロウ│  340 g  136 g

 豚 脂    20 g  8 g

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