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■斯文会(しぶんかい)

湯島聖堂略史  財団法人 斯文会

〒113-0034 東京都文京区湯島1丁目4番25号

電話 03-3251-4606

FAX 03-3251-4853

寛永9年(1632) 冬、徳川幕府の儒臣林羅山は、上野忍ケ岡の邸内に孔子廟を建てた。尾張家の始祖徳川義直は、これを助けて孔子の聖像と顔子・曽子・子思・孟子の四賢像や祭器等を寄附し、「先聖堂」の扁額を書いて与えたという。
寛文元年(1661) 幕府は先聖殿の大改築を行ない、その面目を一新した。
元禄3年(1690) 将軍綱吉は、廟殿を神田台(現在の湯島)に移し、先聖殿を大成殿と改称し、大成殿及ぴ附属の建物を聖堂と総称した。建物全体を朱漆塗りにして青緑に彩色した。また、杏壇門の傍らに杏数株を植えた。
元禄11年(1698) 4月、廟地の東北の隅に祠堂を建て、神農像を祀った。
元禄16年(1703) 11月、江戸大火のため、大成殿,学寮,御成殿などが全焼した。
宝永元年(1704) 大成殿を再建復旧した。その時の入徳門は、現在残っている。
享保2年(1717) 仰高門東舎において、毎日儒学の講義(日講)を開き、講釈を庶民に開放した。
安永元年(1772) 3月、江戸大火のため、大成殿が類焼した。
安永3年(1774) 大成殿を再建したが、規模は縮小した。
天明6年(1786) 正月、江戸大火のため、大成殿・学舎が類焼した。
天明7年(1787) 大成殿を再建した。たびかざなる火災のため、規模はさらに縮小した。
寛政9年(1797) 学舎の敷地を拡張し、昌平坂学問所(昌平黌)を開設した。2月、多紀氏の要請により、神農像を神田佐久間町の医学館(躋寿館)に移した。
寛政11年(1799) 老中松平定信(楽翁)の幕府改革により、大成殿を規模拡張の上、新築した。この時、建物全体を黒漆塗りにした。
弘化3年(1846) 正月、江戸大火のため、昌平坂学問所・学舎が全焼したが、大成殿は炎を免れた。
明治13年(1880) 谷干城らが斯文学会を創設した。会長は有柄川営熾仁親王であった。
明治40年(1907) 孔子祭典会が組織され、第1回孔子祭を大成殿において行なった。その後毎年4月第4日曜日に孔子祭を行なっている。
大正7年(1918) 斯文学会・孔子祭典会などを統合改組し、財団法人斯文会を創設した。
大正11年(1922) 3月7日、国法により聖堂は史跡に指定された。10月29日、孔子卒後2400年祭を行なった。
大正12年(1923) 9月1日、関東大震災のため聖堂・斯文会事務所などが全焼した。入徳門・水屋だけは炎を免れた。斯友会は、直ちに聖堂復興計画を立てた。
昭和7年(1932) 大塚先儒墓所において初めて先儒祭を行なった。以後、毎年秋に先儒察を行なっている。
昭和10年(1935) 4月4日、復興聖堂竣工式・孔子像鎮斎式を行ない、建物は国家に献納した。孔子像は3月29日御下賜の御物で、明末の遺臣朱舜水が携えて来たものである。復興聖堂は規模結構すべて旧聖堂に拠ったが、ただ木造を鉄骨鉄筋コンクリート造りとした。大成殿は南面、桁行60尺(約20m)、梁間44尺4寸(約14m)、内外共に黒色エナメルペイント塗り、屋根は入母屋造り、銅本丸葺、大棟の両端に鬼犾頭をのせ、下り棟及ぴ隅棟の上端には、鬼龍子を置く。いづれも青銅製。正面大額「大成殿」の三字は当時の斯文会総裁伏見宮博恭王の書である。設計は東京帝国大学工学博士伊東忠太教授によっている。
昭和18年(1943) 神農像が木村家より斯文会に寄贈され、6月末、現在の位置に神農廟を移築した。これより毎年11月23日に神農祭を行なっている。
昭和20年(1945) 第2次世界大戦の空襲には、さいわい耐火構造であったから大部分の建物は被害を免れたが、4月13日夜の大空襲のため、入徳門の透塀の一部と水屋等は焼失し、練塀の一部が破壊された。
昭和24年(1949) 10月30日、斯文会を中心にして内外の有志約1000人が参列して孔子生誕2500年記念祭典を行なった。
昭和29年(1954) 4月14日、聖堂並びに附属建造物は、文化財保護委員会の所管となった。戦災による被害箇所は逐次修理されて旧に復した。
昭和31年(1956) 4月18日、文化財保護法により財団法人斯文会は、文化財保護委員会から湯島聖堂の管理を委託された。
昭和50年(1975) 中華民国台北ライオンズグラプより世界一巨大な孔子像が贈られ、11月3日構内で除幕式を行なった。
昭和60年(1985) 4月28日の孔子祭は、湯島聖堂復興満50年を迎えたことを記念して、参列者1000人以上に及ぶ盛大な祭典を挙行した。、
昭和61年(1986) 文化庁により、湯島聖堂の改修工事の施工が始まった。
平成元年(1989) 基金により、附属講堂(斯文会館)及び神農廟の改修を行った。
平成2年(1990) 湯島聖堂創建300年に当り、記念事業並ぴに記念募金を開始。8月末記念展覧会、11月記念式典挙行。12月末には、東京都教育委員会より「特定公益増進法人」の認定を受けた。
平成5年(1993) 昭和・平成文化庁大成殿保存修理工事竣工並びに聖堂創建二百年記念事業完成、3月記念式典挙行。6月28日湯島聖堂・斯文会後援会設立、初代会長に羽倉信也元第一勧業銀行頭取が就任。